心因性疾患
心因性疾患という診断名は,診察や検査で異常が認められないのに,患児ないしは親が病気を思わせる訴えをしている時に使用されている.便利な用語ではあるが,その包括している内容には,いろいろの状態あるいは疾患が含まれており,DSMR(アメリカ精神医学会の分類)ではこの診断名を用いない.治療方針を計画する場合にも,心因性疾患の内容に一歩踏み込んで診断しなければ,その患児に適した診療ができないように思う.
心因性疾患の内容として,分離不安,不安過剰,うつ状態,強迫観念・行為,ヒステリー(転換障害),ヒポコンドリー,いわゆる心身症,詐病またはマンチョウズン症候群などがあげられる.ここでは個別にこれら疾患を説明しないが,治療に先立ってこれら疾患の知識が必要ないことを指摘したい.
治療方針
精神心理療法が中心であるが,補助的に薬物療法も行われる.精神心理療法は慣れたカウンセラーや臨床心理士によって進められるのがよいが,医師もある程度その技術を学んでおくとよい.療法の対象は患児のみならず,両親およびその他の家族構成員,幼稚園や学校などの集団環境が含まれることになる.薬物療法では,身体的訴えに対してプラセボや対症的薬物を投与するのもよいが,必要に応じて向精神薬を用いる.
精神心理療法
1.患児に対して
できれば親から離して,箱庭をつくらせたり,絵をかかせたり,ゲームをしながら患児に話しかける.たとえば自由に箱庭をつくっている患児に,「これは何?」,「まだ何か入れた方がよいものある?」 など簡単な質問をするのもよい.このような質問に対する答えから患児の気にかかっているものが理解できることがある.また話しかけや遊びを通して,患児との間に親密な関係(rapport)が成立すれば,精神的緊張が和らぎ,欲求不満や葛藤を減じることになる.また,小児から得られた情報に基づき,家族や家族以外の小児を取巻く環境の問題点を探り,調整を試みることができる.
2.家族に対して
主として母親と面接することになるが,必要に応じて父親やその他の家族構成員とも面接する.小児が年少者であるほど,精神的要因が家族内にあることを念頭におくべきであろう.
面接を開始するに当って,家族構成,構成員の年齢,職業などを把握しておく.母親のパートタイマーの仕事や帰宅時間まで尋ねておく必要がある.また,祖父母が近所に住み頻繁に往来があれば,祖父母と母親や子どもとの関係も把握しなければならない.
面接の冒頭に家族に対して患児の訴えが身体の異常で起ったものでないことを,検査データを実際に示しながら説明し,しかし小児が嘘をいっているのでなく,精神的原因で身体症状が現れるということを理解してもらう.ただし,詐病やマンチョウズン症候群は例外である.
診断について理解が得られたならば,最近子どもの行動や精神状態のうえで,以前とは異なったことに気がつかないかということから話し始める.この時に母親の話し方や質問に対する反応などから,母親がどんなタイプの性格傾向を有するかに注意を払いつつ,子どもに関する情報を集める.また,このような親との対話の中で,親自身が親子関係を含めた家族内の問題点に気づいてもらえれば,カウンセリングにもなったことになる.
なお,夫婦関係が険悪であったり,母親が不安過剰の状態にあったり,精神病であると,小児の精神心理状態に与える影響は大きい.夫婦関係の調整や母親の治療によって,いわゆる小児の心因性反応が消失する.
3.家族以外の環境
家族以外の小児を取巻く環境で重要なものは,幼稚園や学校である.先生から得る小児の友人関係の情報,小児の友だちの母親から得る先生の評価など,いずれも貴重な情報である.これら情報の中から,弱い者いじめをしている友人,厳しすぎるしつけや宿題,勉強のできない子どもに対して頻繁な罰を課する先生など,いずれも小児の精神的緊張を高める要因になるであろう.このようなことが確認されるとその調整をしなければならない.
薬物療法
うつ状態,いわゆる心身症に対して三環抗うつ剤を用い有効なことがある.小児科領域で繁用される三環抗うつ剤は塩酸イミプラミン錠(トフラニール錠)である.この他にも,塩酸クロミプラミン錠(アナフラニール錠),塩酸アミトリプチリン錠(トリプタノール錠)なども試みてよい薬剤である.
処方例 10歳,女児,頭痛,うつ状態
トフラニール錠(25mg錠)2錠,分2,朝晩食後に服用
不安性が強く,強迫行為が認められる時には,抗不安薬を処方して効果の得られることがある.抗不安薬として小児科領域で用いられるのは,ジアゼパム鵑(セルシン鵑),オキサゾラム(セレナール),チオリダジン(メレリル)などであるが,クロルプロマジン(コントミン)も用いることがある.眠気,ふらつきなどの副作用に注意して用いなければならない.
処方例 5歳,男児,強迫行為
セルシン散(1%)0.3,分2,朝晩食後に服用
身体症状に対しては,解熱剤,鎮痛剤,鎮痙剤,プラセボなどを適宜用いる.また,薬物療法はできる限り短期間とし,精神心理療法を主とすべきである.