性同一性症候群
NHK特集番組に思う
最近NHK(2010.8.2 12Ch)の特集番組を見た。性同一性障害者の話だ。NHKらしくドキュメンタリー風に纏められていた。登場人物松山文野さんははタイ国で乳房切断する。性器の改造は報告せず。まあこの程度の番組ならこれで良いかも知れない。性同一性障害群の解説、意見を主張した番組ではなかった。広く一般の報告のレポートである。病気(?)は十分認知されるだろう。勇気ある杉山さんに敬意を表したい。世間一般の好奇心の的から少しは解放されるかもしれない。本人にとっては深刻な問題だ。まして家族も巻き込んだ話、随分つらい想いのもと過して来られたのだろう。今後の幸せ、ご活躍を期待したい。
部外者の次郎にはよく理解できないことが多い。なるほどそういう病気もあるかもしれない。体の一部を捨て、それで自分本来の人間になれたらそれも良いかもしれない。要するに本人の問題だから。いろんなケースに遭遇する。ただ本人と周りとの対話の問題かもしれない。苦しんでいる人がいれば、解放し少しでも慰めてあげたい。本人はどこまでで妥協できるのも問題だ。心の問題だ。肉体と心の分離なのだ。根本的にはDNAが違うのだ。
社会的法律的規範もある。性別なんて単なる記号だけであるかもしれない。法的秩序なんてものは単なる文明人の遊びかもしれない。男であっても女であっても、(+)(-)という記号だけかもしれない。でも昔しよりこの記号のもと世の秩序が形成されてきたのだ。白紙に戻すことはある意味不可能だ。大多数のものがそう感じているようだ。ただ今まで慄然として変更不可能だった人間のDNAも替えることが可能かもしれない科学技術の発展があるようだ。科学技術の発展は素晴らしいのか怖ろしいのか解らない。(2010.8.3)
人間の染色体数は変化のしようが無い。染色体自体不変不動だ。永遠不滅だ。現在の医学水準ではXY両方の染色体は変化しえない。変化さすことは不可能だ。生まれおちた以上同じ染色体を持ち続けなけれなならない。DNAは生後変化することはないのだ。遺伝子レベルでは本質的に生涯変化が起こり得ない。不変なのだ。外的形態的変化を望むならそれも良いだろう。治療にによって、またそれに合わせ内部環境(ホルモン)も変化さしうるだろう。外的形態的変化を望むならそういう医学的手術も結構かもしれない。性転換手術だ。でもその前に社会体制(法制度)の整備も必要だろう。
カリフォルニアで同性婚の禁止は違憲
米サンフランシスコの連邦地裁は4日、カリフォルニア州が住民投票で州憲法を改正し同性婚を禁止したのは「憲法の平等原則に違反する」として、同性婚を認める判決を言い渡した。連邦地裁が同性婚禁止の是非について本格的に憲法判断したのは初めて。同性婚反対派は控訴する方針で、最高裁まで争いが続くのは確実とみられる。2組の男性同性愛カップルが09年、同性婚禁止は米憲法に違反するとして提訴。裁判で、同性婚禁止派は「子供は父母に育てられるのが望ましい」などと主張したが、判決は「証拠上、子供の成長は両親の性と無関係」と指摘したうえで、州憲法改正は「異性同士の結婚が同性婚より優れているという意見を法制化したに過ぎない」として無効と判断した。米メディアは今回の判決を画期的な司法判断と報じている。カリフォルニア州はいったん州最高裁が判決で同性婚を容認したが、08年の住民投票の結果、52%の賛成多数で州憲法が改正され禁止された。州最高裁は09年、住民投票結果を有効と認め、同性婚は禁止されている。シュワルツェネッガー州知事(共和)は本来被告の立場だが、同性婚を支持しているため訴訟には参加しなかった。知事は判決後、「すべての人に自由と平等をもたらす米国の道」の一つのステップとして歓迎する声明を出した。
同性婚問題は米国を二分しており、5州と首都ワシントンで容認され、39州が法律で禁止している。(2010.8.5)
社会の秩序
現在の法体制の中で社会の秩序を考え直してみたい。現在の体系を無意味だとして無味霧散化させてしまうか。単なる外的変化だけで自己満足するならそれも結構だろう。これには社会全般の心のカウンセリングが必要かもしれない。本質的に変化のないものを外的形態的変化だけでもしも満足できるならカウンセリング不足だと認識せざるをえない。社会の仕組み法体制を根本から議論していかねばなるまい。戸籍に記入するオトコ・オンアナなんて記号に過ぎないからどうだって良いだろう。でも最低限それぞれの文字(言葉)の定義だけをハッキリさせておくべきだ。最近の老人の所在の不明事件、住民登録と戸籍記載との不一致も同様な気がする。最近カンボジアのポルポト派の裁判が始まった。主義主張結構なことだ。どんな理由にも一理はあるようだ。オームも結構だろう。でも最低他人の為にポアされては敵わない。意味不明。2010.8.22