スイスの休日

 2010.07.22 設置


 次郎さんは今回で3回目のスイス訪問となった。前2回は随分と昔のことだったので何処へ行ったのかははっきりと覚えていない。ただ覚えているのは素晴らしいレマン湖の風景と氷の洞窟のあったユングフラウの登山列車(アイガー北壁)だけだった。街中の人たちは皆親切だったし、老若男女を問わず観光客をもてなす術は心得ているようだった。美しい街、きれいな街、且つ清潔な街のイメージが強い。スイスは美しい国である。誰もがその壮大な景観を楽しみたいと憧れる山々、家々のベランダに咲いたプランターの花々。観光立国だけあって、アルプスに囲まれた自国の風景をきれいに保つことには並々ならぬ努力が払われているのである。店に入ると若い女店員さんが「May I help you」と声をかけてくれる。至れり尽くせりだ。

 スイスはとても保守的な国でもある。訪れるだけなら楽しもうとするだけならよいが、住もうとすると外国人には息が詰まりそうなくらいの規則があって、庭の垣根や花々の手入れが義務づけられていたり、夜間や休日にうるさい音を出す作業の禁止(なんとシャワーを浴びていい時間まで決められているらしい)、更には横断歩道を農耕具の鍬を持って渡るときの姿勢に至るまでこと細かに規定されているのである。外国人が6割を占める国際都市ジュネーブや比較的多いチューリッヒなどは比較的緩やかであるが、特にドイツ語圏(ベルナーオーベルランド)の人達の厳格さというか、頑固さというか、融通の利かなさはドイツ人の比ではないようだようだ。スイスには山も多いが湖も多く、山、川(氷河)、紺碧の空、濃緑の森の調和がこの国の美しい自然の重要な要素となっている。

 スイスは我が道を行く。Going my Way なのだ。世界中の金持ちが集まり、銀行業が栄え、スイスフランが強いため物価の高さは日本の比ではない。世界最高の東京よりも高い。普通の国なら外国人の不法就労が問題になろうが、スイスは長期滞在して働こうとする外国人に厳しく、まして永住など考えるだけでも息が詰まり大変なのである。ジュネーヴには数々の国際機関が建ち誇っているが、自身はあくまで中立であって、ヨーロッパ本部が置かれてはいても国連にすら加盟していない。もちろんEUにも参加せず、周辺諸国が統一しようとするなか、スイスだけは未だに国境検問(陸路でのフランス入国とスイス入国の2回はフリーパスだった)がある。周りがユーロに移行しようが、強いスイスフランは健在なのである。アメリカ大統領モンローの思想を受け継いでいる。モンロー主義はアメリカではなくスイスで生きていたのである。中立であることは、自国で自国を守る、ということでもあるから、男子は兵役の義務が、しかも青年期から熟年期までなんと毎年ある。全ての建物に地下核シェルターの設置が義務づけられているのもまた事実である。スイスの他の国の傭兵を送り出すのも有名である。バチカンの守備兵は全てスイス人から選抜される。スイスは将に自主独尊独自の道を歩んでいる。こうした主義主張が許されているのは長い伝統によって培われているようだ。

 同志社に来ておられたコーラー先生(EastAsiaMissin)はまだお元気だろうか。ドイツ語を教えていただいたFrauも健在だろうか。スイスの兵隊さんフェニンガ―とその夫人好美さん、旅行者ドンムマムート洋子さんも元気だろうか。もう50年以上も昔のことになってしまった。彼女たちはいづれもスイスに帰って行ったはずだ。 

 昨年チベット高原(4〜7000m級)に行ってきたが、スイスの4000m級アルプスともまた違った趣で素晴らしいものだった。チベットのラウ湖の風景は中国のスイスと表現されるがなるほどと思った。スイスは山だけでなく湖と空の青、雪の白の調和が何とも言えない。初めてのスイス訪問時には景色に感動していたが、カナダのほうがこの50倍もスケールが大きく素晴らしいと聞き及んでカナダにも何回か訪ねたが、なるほどカナダの自然も素晴らしいものだが、スイスはそのうえ街中清潔だった。なにかカナダにはない自然プラス何かがあるようだ。スイスにはドイツ(ゲルマン)民族の質実剛健さと日本民族的ホスピタリティーを併せ持っている。カナダは大きすぎる。スイスは一つの視野に全部入ってくる。同じ180度〜360度のパノラマでもなにかが違うようだ。(2010.7.12〜7.22)


スイス観光産業の後退(2010.6.23 swissinfo.ch)

 スイスの観光業にも世界的な経済危機の影響が及んでいる。2009年の連邦統計局 ( BFS /OFS ) の観光統計によると、2003年以来初めて収入が減少した。2009年に外国からスイスを訪れた観光客は、以前より財布の紐が固くなったと見え、収入は前年よりおよそ6億フラン ( 約500億円 ) 少ない150億フラン ( 約1兆2000億円 ) にとどまった。
スイス観光業の収入の3分の2以上は、スイスに宿泊する外国からの観光客によるものだ。2007年と2008年は特別好調な年だったが、2009年は世界的な金融・経済危機のため、外国からの旅行者やビジネスマンがスイスで出費した金額は、前年の83億フラン ( 約6800億円 ) から76億フラン ( 約6200億円 ) に減少した。また、毎日の国内交通や通過交通からの収益、および外国の越境通勤者や短期滞在者の消費による収入もそれぞれ32億フラン ( 約2600億円 ) と17億フラン ( 約1400億円 ) と前年よりわずかに減少した。増加が見られたのは入院や教育を理由とした滞在からの収入で、前年比6.5%増の24億フラン ( 約2000億円 ) となった。特に、スイスの高等教育機関で学ぶ外国人の学生の数は依然として増加している。一方で、スイス人も国外旅行であまりお金を使わなくなった。出費は、前年に比べ約2億7700万フラン ( 約223億円 ) 減の115億フラン ( 約9400億円 ) となった。2009年の観光業の貸方残高は35億フラン ( 約2900億円 ) で、2008年より3億1600万フラン ( 約280億円 ) 少ない。

スイス、安楽死の合法化めざす(2000.8.16 読売新聞) スイス列車事故(スイス雑報)

 文が長くなったので新たに稿を改めた(2010.7.30)

凄い迫力だ。右端にモンブラン(白い雪山)が見られる。ま真ん中にグランジョラスの北壁(三角錐の山)が見える。グランジョラス(日本人長谷川恒男氏冬季初単独登頂)と針状峰の右側に条件が良ければマッタ―ホルン(セルバン)が見られるのだが残念。でも今回はアイガーの北壁を見たし(3回も)マッターホルンの北壁も観賞できた。涸沢からの穂高連峰や剣沢からの剣(平蔵・長次郎)や立山と感じが似ているがスケールが違う。50年以上の昔に夢を誘ってくれる。生のアルプスの3大北壁を見ることができ本場アルプスも卒業だ。登ろうなんて夢のまた夢だ。病み上がり状態では平地の歩行も困難を極めている。でも昨年ヒマラヤの7700米級のナムチャバルワを見たし今後は世界の王座8000米級を残すのみだ。それにしてもこのゴルナーグレイシャーの迫力なんていうことか言葉を絶する。ゴルナーグラートー展望台からの風景であるが次郎の時(今回)はモンブランの雪山にガスが纏わりついて完全には観察できなかった。しかしシャモニーの村に下山してからモンブランの頂上も実見できた。(上の写真は借り物である。シャモニー モンブラン




今回は日本旅行が企画したもので参加者11名+添乗員(女)一人だった。全員ゆとりクラスの同窓生という感じで次郎一人を除いて健康そのもの。次郎はやはり足腰が駄目だった。でも全行程まず晴天に恵まれた。スイスくんだりまで来て雨やガスだけではどないもしようがない。皆さん日頃の精進がよほど良いのだろう.。さすが添乗員はベテランらしくよく勉強しており十分、ガイドの役割も兼ね備えていた。日本人らしくお客さんに対するモテナシの心も十分だった(2010.07.20)。
7月23日氷河特急の悲しき事故の報告がされている。邦人の死亡も報ぜられている。兎に角も次郎さんはついていた。楽しかったはずのスイス旅行、犠牲者の冥福を祈る(2010.7.24)

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